ピリー・レイスの地図――「南極を描いた」とされた羊皮紙の真相

画像:ピリ・レイス, Public domain, via Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Piri_reis_world_map_01.jpg

ロマンを信じたい。だから、確かめたい

大航海時代のさなか、まだ誰も見たことのない南極大陸の海岸線が、しかも氷に覆われる前の姿で描かれている――。

わたしはこの一文を聞くたびに、胸が高鳴ります。UMAやオーパーツのロマンは、こうした「あり得ないはずの一枚」から始まるからです。けれども、ロマンを信じたいからこそ、真偽はさまざまな角度から確かめたい。今回は、オーパーツの代表格として語られてきた「ピリー・レイスの地図」を、資料にあたりながら検証します。

1. 総論――ピリー・レイスの地図とは

ピリー・レイスの地図は、オスマン帝国の提督で地図製作者でもあったピリー・レイスが、1513年にガリポリで作成した世界地図です。ガゼルの皮の羊皮紙に描かれ、現存するのは全体の約3分の1、大西洋を中心とする西側の部分だけです。[1]

発見は1929年。トプカプ宮殿の博物館への改装作業中に、ドイツ人神学者のダイスマンらが、顧みられずに積まれていた資料の中から見つけました(発見日は10月9日とされることが多いようです)。[1][3][4] 緯度経度の格子ではなく、羅針盤の方位線を張り巡らせたポルトラーノ海図に属し、[1] ピリー・レイス自身が注記で、約20枚の資料を元に作ったと述べています。その中にはコロンブスが描いた地図も含まれています。[2][3]

現在はトプカプ宮殿に保管され、常設展示はされていません。[3] 2013年には、トルコの提案でユネスコの記念事業にも加えられました。[4]

2. ロマン編――なぜ「オーパーツ」と呼ばれたのか

この地図を一躍オーパーツにしたのは、米国の歴史学者チャールズ・ハプグッドです。彼は教え子たちと7年がかりで地図を調べ、1966年に『Maps of the Ancient Sea Kings』(直訳すれば「古代の海の王たちの地図」)を出版しました。[2][10]

主張の骨子は、地図の南端に描かれた陸地は氷に覆われる前の南極大陸の海岸線であり、そんな地図は既知のどの文明よりも古い高度な文明にしか描けない、というものです。この説は、1960年に米空軍の部隊が「妥当な解釈」とする書簡を寄せたことで勢いづき、[1][2] 1968年にはフォン・デニケンが『神々の戦車』で古代宇宙飛行士説の材料にして、世界中に広まりました。[2] 失われた超古代文明、氷の下に眠る海岸線――ロマンの材料がこれほど揃った地図も珍しいでしょう。

3. 検証編――六つの仮説を確かめる

仮説① 南の陸地は「氷のない南極大陸」である

地図の南端では、海岸線が南米から地続きのまま東へ折れ曲がり、横に長く延びています。これを南極と見るのがハプグッド説です。しかし、そこにはマゼラン海峡もホーン岬も描かれておらず、注記には「暑い土地で大蛇がいると言われる」という趣旨の記述まであります。[2][1] 氷の大陸とは相いれません。

→評価:ほぼ否定

仮説② 海岸線は1万年以上前の「氷なしの南極」と一致する

根拠とされたのは、1949年の氷床下の地震探査です。ただし、氷の下の地形を「氷がなかった頃の地形」と同一視している点、氷が溶ければ地盤が隆起する効果を無視している点、調査が地図の対象域のごく一部にすぎない点が、地質学者から指摘されています。[1][7] 年代も合いません。南極の氷床は約3400万年前に形成され、[5] 現在に近い巨大な氷床も約1400万年前には存在したとされます。[6] 「数千年前まで氷がなかった」というハプグッドの前提自体が成り立たないのです。

→評価:否定

仮説③ 南米の南部が、紙面に収まるよう東へ折り曲げられた

羊皮紙の端に収めるため、海岸線の向きを変えたとする解釈です。地図学者のスーチェクも、紙面に合わせて海岸線の向きを調整するのは珍しくなかったと述べています。[1][8] 折れた部分を縦(南向き)に見直すと南米東岸によく似る、という指摘もあります。[2] ただし、確実に同定できる最南端はブラジル南部(南緯25度付近)までで、その先を断定できる証拠はありません。[1]

→評価:有力(断定はできない)

仮説④ 当時信じられた「未知の南方大陸」の概念図である

古代以来、北の陸地と釣り合う大陸が南にもあるはずだという考えが長く信じられ、「テラ・アウストラリス」として同時代の地図にも広く描かれました。この地図の南の陸地も、その一例とみるのが最も有力とされています。[1] 仮説③と排他的ではなく、南米沿岸の実測情報と南方大陸の想像図が混ざった姿かもしれない、というのがわたしの見立てです。

→評価:最有力

仮説⑤ コロンブスの失われた地図が使われた

こちらはピリー・レイス自身の注記が根拠です。コロンブスの航海に加わったスペイン人を捕らえ、その人物の地図を参照したとされます。[2][1] カリブ海の描き方(イスパニョーラ島が縦長で、キューバが大陸と一体化している)も、アジアに着いたと信じたコロンブスの考えに合致します。[1] なお、マッキントッシュは、使われたのは第3回航海ではなく第2回航海(1493〜96年)の情報だと論じています。[9]

→評価:ほぼ事実

仮説⑥ 当時としては異常なほど正確な地図だった

オーパーツ説が強調したのは、驚異的な精度でした。しかしマッキントッシュは、この地図が16世紀の世界地図の中で突出して正確とはいえず、後年のものにはるかに精度の高い地図が多いと指摘します。[1] 座標を引き直した「補正後の地図」で精度を論じていたことも、問題でした。[1]

→評価:否定的

4. 比較表――三つの解釈を並べてみる

観点オーパーツ説(氷なし南極)南米折り曲げ説テラ・アウストラリス説
内容氷床形成前の南極の海岸線を、古代文明が測量して描いた南米南部の海岸線が、紙面の都合で東へ折れ曲がった当時信じられた南方大陸の概念図
主な根拠海岸線の形の類似/1949年の地震探査との一致(空軍書簡)縦に見ると南米東岸に似る/紙面に合わせた調整の前例同時代の世界地図に広く描かれた
弱点氷床は約3400万年前から存在/南米と地続きで「暑い土地」の注記最南端付近を確実に同定する証拠がない概念図のため実測との照合ができない
評価ほぼ否定有力最有力

5. 考察――わたしの見立て

結論から言えば、「氷のない南極を描いたオーパーツ」という説は、残念ながら成り立たないと考えます。氷床の年代、地図の注記、描き方のどれを取っても、南極説には無理があるからです。

それでも、この地図の価値は少しも下がりません。オーパーツでなくなったことで、見えてくる魅力があります。一つは、コロンブス自身の地図が失われた今、その面影を伝える貴重な手がかりであること。もう一つは、イスラム世界の地図としては異例なほど多様な外国の情報を取り込んだ、ピリー・レイスの情報収集力です。[1][2] 超古代文明の遺産ではなく、一人の提督が世界中の情報をつなぎ合わせた「16世紀の情報戦の成果」――これはこれで、十分にロマンがあるとわたしは思います。

一点だけ留保を。南端の海岸線が南米なのか南方大陸の想像図なのかは、今も決着していません。また、ハプグッドが注目したもう一枚、1531年のオロンス・フィネの地図には別の論点があります。[2] こちらは機会を改めて検証します。

6. 検証まとめ

主張評価決め手
氷のない南極大陸が描かれているほぼ否定南米と地続きで、暑い土地との注記がある
1万年以上前の海岸線と一致する否定氷床は約3400万年前に形成。氷下の地形と同一視できない
南米南部を東へ折り曲げて描いた有力縦に見ると南米東岸に似る
当時の南方大陸の概念図である最有力同時代の地図に広く見られる
コロンブスの地図を参照したほぼ事実本人の注記と研究者の分析
異常なほど正確だった否定的同時代の他の地図の方が高精度

結び

羊皮紙の南の端で、海岸線は唐突に東へ折れ曲がります。そこに描かれているのは、南極なのか、南米なのか、それとも当時の人々が心の中に描いた「まだ見ぬ南の大地」なのか。答えがどちらに傾いても、あの曲がり角の向こうを覗き込みたくなる――それがこの地図の、いちばんの魔力なのかもしれません。

出典・参考文献

[1] Wikipedia「Piri Reis map」 ――地図の概要・Antarctica説の経緯・McIntoshらの研究の整理
[2] Hoye, P. F. & Lunde, P. “Piri Reis and the Hapgood Hypotheses”, Saudi Aramco World, Jan/Feb 1980 ――ハプグッド説への賛否両論を整理した特集記事
[3] “1513 / World Map / Piri Reis”(Ohio State University) ――発見日・参照資料・非展示の記述
[4] “Piri Reis and his maps rediscovered”, Hürriyet Daily News ――ユネスコ2013年記念事業・発見の経緯
[5] Galeotti, S. et al. (2016) “Antarctic Ice Sheet variability across the Eocene-Oligocene boundary climate transition”, Science ――南極氷床の形成時期(約3400万年前)
[6] Discover Magazine “The Antarctic Ice Sheet Formed By Ideal Coincidence” ――約1400万年前までに現在に近い巨大氷床
[7] Heinrich, P. “Fingerprints of the Gods Re: Piri Reis Map”(地質学者による投稿の転載) ――氷下地形と無氷地形の混同など、Ohlmeyer書簡への批判
[8] Soucek, S. (1992) “Islamic Charting in the Mediterranean”, The History of Cartography Vol.2 Book 1, Univ. of Chicago Press ――海岸線の向きを紙面に合わせて調整する慣行
[9] McIntosh, G. C. (2000) The Piri Reis Map of 1513, University of Georgia Press ――現代の学術的決定版。南極説の否定とコロンブス第2回航海との関係
[10] Hapgood, C. H. (1966) Maps of the Ancient Sea Kings, Chilton Books(1979年改訂版) ――オーパーツ説の原典

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